後期型の「首都圏色」「盛岡色」「飯山線色」を製品化
キハ40系は、当時老朽化しつつあったキハ10系の後継車として、国鉄が開発した一般形ディーゼルカーで1977年より登場しました。単行運用が可能な両運転台と片側だけ運転台がある車両に、各地域の気候に合わせた仕様やトイレの有無など、さまざまな番代区分が誕生しました。また、車体は事故対策と視認性向上を目的とした高運転台形となり、客室内レイアウトはセミクロスシート方式を採用しました。キハ40形500番代は、東北地区を中心に配置された寒地向けの両運転台車で、1977年から1982年までに94両が製造されました。
製品はキハ40形500番代のうち、縦樋が車体内部に収まった554番以降の後期型をモデル化しています。いずれも単品で、登場時からの「朱色5号」による1色塗りの「首都圏色」をまとう『後期型』(写真左上)のモーター付とモーターなし、JR化後の地域色と呼ばれる塗装変更車で、白地に赤帯が配された『盛岡色』(写真右上)のモーター付とモーターなし、白色と青色に橙の斜めストライプが入り、フランス語の「VOITURE AMITIE’」(友情の列車)の文字ロゴがデザインされた『飯山線色』(写真下)のモーター付を発売いたします。全国各地で見られた「首都圏色」、東北の厳しい自然の中を走った「盛岡色」、そして雪深い信州の風景に溶け込んだ「飯山線色」と、それぞれの情景を思い浮かべながらお楽しみいただけるラインナップとなっています。
下段上昇・上段下降式の側面サッシ窓の形状を再現
一見すると両運転台車で暖地向けのキハ40形2000番代と同様な外観のキハ40形500番代ですが、側面のユニットサッシ窓には下段上昇・上段下降式を採用しており、上段・下段共に上へ開く2段上昇式の2000番代とは形態が異なります。
製品では、2000番代より縦に広めのユニットサッシ窓を持つ500番代の車体を側面窓パーツと共に新規製作し(写真左)、サッシ枠の内側四隅が直角に近い2000番代(写真右)に対して、内側四隅にはR(丸み)がついている点も再現しています。
寒地向けの500番代が履くDT44A(TR227A)形台車
足回りにも寒地仕様ならではの明確な違いが現れています。寒冷地での過酷な運用を考慮し、雪の侵入などを防ぐためにキハ40形500番代の台車は、酷寒地仕様のキハ40形100・1700番代と同じく、空気バネを採用したDT44A(TR227A)形を装備しています。
製品でもこの台車の特徴を余すことなく再現しており、凍結対策としてゴムで被覆された軸バネや特徴的なブレーキシリンダーの形状など、細部に至るまで作り込んでいます(写真左)。2000番代が装備していたコイルバネの軸バネや枕バネが露出したDT22D(TR51C)形(写真右)との構造の違いに注目していただくと、寒地向け車両ならではの機能美と重厚感をより深く感じられます。






